ミズが私の元に戻ってきた。戻ってきた、という表現は些か語弊があるかもしれないけれど、それでも紀本の元から帰ってきた。
 ミズからいきなり電話がかかってきたのには驚いたけれど、その内容にはもっと驚いた。
 ゆーき、ゆーき、ゆーき。わたしぃ、わたしい。あいつと、別れた……。
 ぐしぐしと鼻を啜る音と、ミズの情けなく弱々しい声が、買い換えたばかりの携帯電話から聴こえたのは今日だ。とりあえず我が家に来てもらって、風呂に入って今に至る。私の部屋着を着て、少し緊張した様子できょろきょろと部屋を見回しているミズ。最後に来たのはいつだっただろうかと、頭の中から記憶を引っ張り出す。そうそう、先々月の十三日だ。そしてミズは、その三日後に紀本と付き会い始めたのだった。
 「ごめんね、いきなり……」
 「いいのよ、今日も親遅いし。寂しいなって思ってたとこ」
 心配そうに呟くミズを安心させるように、ぶらぶらと右手を振る。左手にはスプーンが握られているためだ。
 「さ、食べよ食べよ。ごめんね、こんな時にカレーで」
 「ううん。こっちこそごめんね。夕飯まで……」
 「いーのいーの。このままの勢いだと二日ずっとカレーだったと思うし。少しでも消費してくれて嬉しい」
 いただきます。そう声を揃えて挨拶をして、さっそくカレーに手をつける。キン、コン、もぐ、色んな音が響くけれど、お互いの声は一言も響かない。
 「……あのさあ」
 「うん?」
 ミズが、五口カレーを食べてから口を開く。
 「話してもいい?」
 「いいよ」
 「私さあ、アイツと付き合ってたじゃん? 私にとってはさ、久しぶりに本気で恋して、二ヵ月ずっと片想いしててさ。勝手かもしんないけど、運命の相手だって思ってたんだよねえ」
 ミズが、先割れスプーンで海老を弄ぶ。左右に入ったり来たりしている可愛らしい色の海老は、何だかミズみたいだ。スプーンは紀本といったところだろうか。
 ミズの近くに、音を立てずにティッシュを置く。ミズは気付いていないみたいで、少し安心する。ミズはカレーを見つめたままへらりと力無く笑っていて、眉を顰めて何かに耐えるような顔よりよっぽど切な気だった。
 「告って、俺も好きだったって言われて、嬉しかったんだよ。たくさん遊んで、たくさん一緒にいて、キ、キスとかもして。それでもさあ、どんどん空気悪く、なって、何が悪かったのかなあ。ねえ、ゆーき」
 ミズの顔から笑みが消えて、とうとう口が震え、目に涙が溜まる。ミズの焦げ茶の瞳が艶やかに、それでいてきらきらと輝いている。
 「ミズは悪くないよ、ミズは。紀本が勝手なんだよ。勝手で酷い男なんだよ。三組の青島とも付き合ってるって聞いた。腕組んでるところも見た。ミズなんか、きっと元から遊びだったんだよ。ミズのせいなんかじゃないよ」
 「そんなこと言わないでよお。誰も好きになったことないゆーきになんかわかんないよお」
 わあああん。ミズが泣き出す。嗚呼、ミズは。ミズはきっと、まだ紀本が好きなのだ。怒りと悲しさと、それでいて愛しさが、渦巻いているのだ。一途なのが、ミズの可愛らしいところだ。
 ミズ、ミズ、ミズ。ミズはまだ知らないよ。知らなくていいけれど。知らないで。そして、いつも通り笑ってくれたらいいだけなの。
 ミズが、手元にあったティッシュで涙を乱暴に拭った。ごめんね、ごめんね。ミズが叫ぶように言う。いいよ。私も苦笑いしながら返事をする。これでいい。そして、三日も経てば、ミズは少しの傷を背負う、普通の女子高生だ。そして私は、そんなミズの隣に普通に居る友達でいい。これでいい。これがいい。理想。私の、理想。
 ミズ。誰を好きになってもいいから、どれだけ友達が増えてもいいから、心から祝福するから、私を捨てないで。いらないって思っても、捨てちゃわないでね。
 「捨てないでね」
 この呟きは、きっとミズに届いてはいない。届かなくていい。
 泣き止みそうにないミズを横目で見つめながら、私はカレーをぱくりと一口口にした。

禁断恋愛友情路線

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