会う度に飴をくれるあの人の名前は何だったろう。

 いい匂いがするひとだと思った。子供をあやすように、僕の頭を撫でるてのひらから、ふんわりとスンとした香りが漂う。人当たりのいい笑みを浮かべるあのひとにはよく合う、あったかい匂いだった。時々何も考えず、僕の名前を呼んだ。
 「憂は苺が好きなんだね」
 「うん」
 「でも実際、あんまり苺の味しないけどねー」
 ころころと口の中で飴を転がしながら、特等席のあのひとの膝の上に座る。手持ち無沙汰に僕の髪を指で梳きながら、あのひとは時折キスをした。

 「結婚するんだ」
 突然だけど、やっぱりあの人は結局普通の道を選ぶんだと納得してしまった。けれどそれは、
 「憂とはもう会わない」
 僕たちの数ヶ月は何だったんだろう。結婚するだけで途絶えるようなものなのか、そんなに簡単に途絶えさせることができるほど気軽なものだったのか、頭の中心が冷えていく感じがした。
 「やだよ」
 だって。真っ白になる頭に、涙だけが先走る。ここは、僕が泣くところじゃない。分かってる。分かってるのに。
 「……憂なら応援してくれると思ったのにな」
 残念そうに眉を下げて、あの人は僕の頭を撫でる。ずるい。あの人のずるいところは、僕が反論できなくするところだと分かっているのに、あの人はこうしてしまう。
 「勝手に決めないでよ」
 だってそれは、僕を求めていないことになるんだから。

 僕ならあの人の隣に永遠に居てあげられるのに、あの人は家族なんて不確かなものを選ぶ。あの人だけじゃない。皆皆、たくさん生きて、結局原点に帰って行く。それが悪いことだと咎める権利も声も、僕にはないのに、僕は叫ぶ。あの人との関係も、自分の寂しさを埋めるためだなんてことを、無視して。

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