ぼう、っと過ごす日々が数日続いた。しかしながら、アビーノファミリー内は何だか浮き足立って、マフィアにあるまじき幸福感が感じられる。
 フィオーレとユナが本格的に結婚について計画し始めたとのことで、ファミリー内はわっ、と沸いた。勿論ファミリー一人の結婚自体はそう珍しくなく、それなりに祝福はされるものの規模はここまでではない。何故ここまで皆が騒ぎ立てるかといえば、それはユナがグイドさんの娘だからだ。
 グイドさんには、ユナ以外の子どもがいない。ユナがボスになるという手もあるけれど、ユナはあまり物騒な話は好まなかった。イコール、息子となるフィオーレが時期ボスになる可能性は限りなく高いということで、このファミリーは今揺れているのだった。
 こういう、重大な結婚には普通反対意見も飛び交うのだけれど、ここはあくまで自由を尊重するアビーノファミリーだ。入ればボスの言葉は絶対的な束縛となる。
 グイドさんはまだまだ現役だし、皆の信頼もあるからまだまだボスとして君臨し続けるだろう。けれど、もしフィオーレがこのファミリーのボスになったとして、果たして俺は素直に従えるのかどうか疑問だった。

 「フィオーレ。射撃、見てくんない?」
 「ああ、ルイ。待って、あとちょっとでこの仕事終わるからさ」
 いつも通り、柔らかい笑みを浮かべたフィオーレに、俺は少しだけ安堵する。
 「何の書類?」
 「一昨日の、マードレファミリーとの抗争の報告書だよ」
 フィオーレは、手を動かしながら何てことないという風に言葉を紡いだ。
 マードレファミリーは、アビーノファミリーに一昨日潰されたマフィアだ。アビーノファミリーは、ここら一帯のマフィアの管理役という役割も担っている。そして、アビーノは市民へ負担をかける治安の統一を望まない。その点マードレファミリーは、短気で暴れん坊の集まりで、街中でも普通に発砲するなんてことはよくあった。マードレファミリーはアビーノの管理下の土地に腰を据えているため、アビーノは管理せざるをえなかったのだった。正反対のタイプであるファミリーが衝突するのは当然のことで、アビーノは注意を三度出し、結果が見られなかったため、とうとう一ヶ月前にマードレファミリーを消すことに至ったのだ。
 「確か、数人逃しちゃったけど解決したんだっけ」
 「そう。ボスがもう追わなくていいって言ったからねえ。個人的には全員消したほうが良かったと思うんだけどさ」
 「グイドさんだからしょうがないよ」
 「うん、ボスだからねえ」
 フィオーレが苦笑いを浮かべながら、ペンをくるくると回し、サラリと何か書きつけた。
 「よっし、お終い。さ、行こうか?」
 「うん」
 ほう、と、吐いた本人にすら意図の分からない溜息を吐く。――嗚呼、多分、いやきっと。俺は自分の謎の感情を実感してから、フィオーレが恐ろしくてたまらないのだ。以前と同じくらい信頼しつつ、いつ気付かれるのだろうと怯えている。


 外の騒がしさに比例して、アビーノファミリーが青ざめたのは四日後のことだった。
 突然の銃声と悲鳴。その時俺は、グイドさんの部屋で皆とお茶をしていた。皆といっても、グイドさんと、フィオーレとガーラだけだけれど。
 ガーラがそうっ、と窓に近づき、様子を伺う。音がした方向は門の方向で、ガーラもそちらを覗く。
 「……あれは! マードレの野郎かァ!?」
 その言葉に勢い良く立ち上がった俺たちは、窓に駆け寄ってそちらを覗き込む。そこには十人ほどの包帯を所々に巻く大人の姿があった。
 「マードレって……壊滅したんじゃないの?」
 「上手く逃れた奴等かもしれんな」
 「そうだね、多分。二人ほど見たことある顔がいる」
 「銃は?」
 「持ってる。ただ、普通の拳銃だからこっちまでは届かないぜェ」
 どこのファミリーでも、ボスの命は最優先である。現に今も、グイドさんを囲うように俺たちは立っている。
 「被害は、分かるか?」
 「さあ……連絡待ちかな」
 といった途端、慌てる色が強いノックが響く。「失礼します」と声を荒げ、入ってきたのは下っ端のカルロだった。
 「何があった? カルロ」
 「はい、ボス! 相手は自らをマードレファミリーの残党と名乗り、見張り二名に発砲。一人は太腿に被弾、もう一人は右腕を掠りました」
 「被害はそれだけか?」
 「は、怪我人は以上です。が……」
 「どうしたの? 言い難いことでも、あった?」
 「いえその……相手の要求が、ボスとの対話でして……」
 「なっ! ふざけてんのかァ、そいつらは!」
 「来ないと後悔する、と言って……!」
 「取り押さえないの。たかが十人じゃん。簡単なんじゃないの」
 思わず漏らした言葉に、グイドさんとフィオーレとガーラが軽く頷いた後、カルロに視線を遣した。カルロはバツが悪そうに肩を竦めると、しぶしぶといった様子で言葉を紡いだ。
 「その……我々に手を出すと、ボスの大事なものを殺す、と」
 瞬間、フィオーレが駆け出す。グイドさんは呆然とした顔を浮かべ、ガーラはフィオーレを追いかけた。
 「やめろ、手を出すなって言ってるだろうがァ!」
 「うるさい! 邪魔するなよ、ガーラ!」
 「フィオーレ」
 グイドさんが、いつもより白い顔をしながらも、凛とした声でフィオーレを制す。フィオーレはまだ顔に興奮の色を残したまま、ギリと睨むながらグイドさんに問うた。
 「ボス。……ユナは今、どこにいる?」

 「今日の午前、買い物に行ってから帰って来ていない……!」

 言いたくなかったとばかりに言葉を吐き出したグイドさん。その言葉を聴いて、フィオーレは床に崩れ落ちた。

 

かの予感

 

 

あとがき

先が面白いくらいに読める。

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