消えない呪い。
 永遠の、苦しみ。

 アビーノファミリーの要であるルイは、正直困惑していた。目の前には、この世界には至極縁の無さそうな少女がポツンと座っている。そのパッチリとした眼(まなこ)は真っ直ぐにルイを捕らえ見つめている。何が楽しいのか、二人は五分以上もこの状況を維持していた。

 「あれは、誰が見たって笑ったはずだ」
 ルイに会議だと呼ばれ、呼ばれた部屋へと紅茶を片手に向かい入ったガーラは、その奇妙な状況に吹き出した。あまり表情に変化がなく、頼られると同時に恐れもされるルイが、目の前に少女が座り、見つめられているだけで冷や汗を滝のように垂れ流している姿と言ったら新鮮であった。ルイにも苦手なことがあるのだと、ガーラは今更ながらに知る。
 「……もういいよ、その話は」
 ルイは微妙に脹れながら、ガーラから受け取った紅茶を啜る。自分より明らかに年下に見える少女に戸惑わされたことと、ガーラに思い切り笑われたのが気に食わないのだろう、今のルイはご機嫌斜めだ。
 「で? そのルイを惑わせたお嬢ちゃんは一体?」
 「グイドさんから聞いているだろう? 例の、保護した少女だよ」
 「ああ! 噂の。こりゃ、未来が楽しみだ」
 ガーラはちらりと少女に視線を遣ると、そう漏らした。途端、ルイの目がぎらりと光る。
 「セクハラ禁止」
 「セクハラって……お前、それは過保護すぎだろ」
 「グイドさんからお世話の役を仰せつかってるからね」
 ボスの言うことは絶対だと言わんばかりに、ルイは言い放つ。ガーラは最早呆れ顔でルイを見遣るが、文句はないようだった。
 「あの」
 ピンクの髪の少女が、まだ高く柔らかな声を発する。ルイととガーラは同時に少女を見、次の言葉を待った。
 「自己紹介がまだでしたよね。私、ミリイと言います」
 「名前はグイドさんから聞いてる。保護されたんでしょ?」
 「ええ、有難いことに。ここでお世話になることになりました。ええと……」
 「ああ、俺はルイ。アビーノファミリーの幹部をやっている」
 「俺はガーラだ。ルイみたいに頼りがいはねぇけど、一応幹部なんだぜ?」
 ふふんと鼻高々に言い放つガーラを綺麗にスルーし、ルイは紅茶の準備を始めた。

 「ルイ、あの子はどうかね?」
 「……礼儀正しい少女です」
 つまりは、普通の平凡な少女。言葉の裏に隠された意味に、グイドは苦笑しながら手を振る。
 「そう言うな。私だって彼女を関与させるつもりなんかなかったよ。でも彼女がね、恩返しをしたいと言って」
 「恩返しがファミリー入りなど、安易すぎじゃないですか」
 アビーノファミリーは、ボスの立場は他のファミリーよりも強固で揺るぎない。意見は許すが、反抗は許さない。それがアビーノファミリーの掟であるからである。気に入るなら傍に。気に入らないなら出て行けばいい。来る者拒まず去る者追わずという、忠誠な部下しか残らない掟は、いつの間にかボスを絶対的な存在にしていた。
 それでも、言わなければいけないこと。
 「あの子は、似過ぎだ……!」
 「――他人の空似だ。気にするな。それとも、それで仕事に支障が出るほど君は二流だったか?」
 ルイがぐっ、と黙る。何か言いたげにグイドを見つめるも、やがてふいと視線を逸らし、こくりと頷いた。
 「命の保障は出来ませんが」
 「ファミリーが殺さない限り、しょうがないことだ。勿論、出来るだけは尽くしてほしいがね?」
 「……勿論です」
 ルイは早く逃げたいというかのように、慌しくグイドの部屋から出て行った。


 「……ユナ。お前がいなくなってから、既に八年が経った」
 枕元に立て掛けてある小さな写真立てを手に取り、グイドは静かに呟く。
 「ルイも、ガーラも、皆こんな私にまだ忠誠を誓ってくれている」
 消えない呪い。永遠の苦しみ。
 「フィオーレが裏切ったことも、私に咎める権利はないはずなのに。それでも皆、私を被害者にしてくれる」
 それは甘い安心感を与えてくれるけれど。同時に、忘れさせてくれない傷を残した。
 「なあ、――どうして私はまだ生きているんだろうね?」

 消えない呪い。永遠の、苦しみ。
 

 

出発地点

 

あとがき

また色々と増えましたが、覚えておいてくれると幸い。

 

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