「……じゃあ、これで解決ということで」
「ああ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「いえ、こちらにも利益はありましたから。では」
「ああ、ああ。ルイ、忘れ物だ」
くるりとルイが振り向くと、小太りの男はルイの眉間に黒光りする拳銃の焦点を当てた。ニヤリと汚い笑みを浮かべる小太りの男は、じりじりと動きルイを壁へと追いやる。ルイの背中にトンと壁がぶつかると、男はさらに笑みを深くした。
「動かないでもらおうか、ルイ?」
「……貴方はズルいけど賢くはないみたいだ」
「そんなことを言っていていいのかい? 今不利なのはルイ、お前だ。流石の血塗れの騎士も、ここまで隙がなく追い詰められると何もできないだろう?」
「バカじゃない? べらべらお喋りしちゃって」
「何だと、クソがぁ!」
男は怒りが達したのか、ルイの眉間へと拳銃の距離を縮める。ルイは顔色を1つも変えないまま、まじまじと男を眺めて言った。
「流石はポルコ。醜く鳴くくらいしかできないんだね」
「……死ね、ルイ。今度は自分の血で濡れる番だ」
ぐ、と男が引き金の指に力を入れる。ぎりぎりと拳銃は小刻みに震え、引き金は少しずつ奥へと向かっていく。
「ポルコ。汚れ役は部下に擦り付けてきた性悪。今までの仕事や今の躊躇いからして、人を撃ったことはない」
びくりと男の目が揺れる。カタカタと目を凝らさなければ分からない程度に、男の肩は震えていた。ルイはふ、と口だけで笑うと、瞬時に懐から小型の拳銃を取り出し躊躇いもなく男の額へと撃った。男は拳銃を持ったまま倒れ、白目をむきだらしない顔で横たわる。赤い絨毯の上でじわりじわりと赤黒い染みを作っていった。男の血液は、ルイの焦げ茶で柔らかい髪にすら1滴もつくことはなかった。
「隙がありすぎなんだよ、ポルコ」
「只今帰りました、グイドさん」
「ああ、お帰り。……濡れるまでも無かったかい?」
「ええ、まあ。自分の血で濡れたのは相手の方でしたよ?」
「はは、上出来だ。こんな汚れ役を長期間もありがとう」
「礼には及びません」
「どうだ、少し休んでおいで。報告書は後日、宜しく頼む」
「分かりました。後で報告書をお持ちします。では、これで」
「……ああ」
ぱたん、と丁寧に閉められたドアに、グイドは溜息を吐く。眼帯で隠されていない右目と口だけで苦笑いを浮かべると、奥で紅茶を淹れている部下へと呼びかけた。
「ガーラ」
「んあ? 何だー、グイド」
「こっちへ来ないか?」
「ああ、もうすぐだ。……よし、紅茶が入ったぞー、感謝して飲め」
「はは」
グイドの向かいの席に、短い髪をツンツンと立てているガーラが座る。紅茶のいい香りが2人の鼻をくすぐった。ガーラがティーポットを傾けると、これまた綺麗で透き通った赤みがかった茶色の紅茶がなみなみと真っ白いカップに注がれた。グイドはカップを持ち上げると、香りを楽しんでから1口口に含んだ。
「……もう少し、甘えてほしいものだな」
「ルイか? まあ、グイドの子どもみたいなモンだしなぁ」
「何と言うか……苦労しすぎで倒れるのではないかと思ってしまうんだよ」
「過保護だな」
けらけらと笑うガーラを一瞥し、紅茶を啜る。独特の渋みと爽やかな甘さが口に広がった。
「アイツはちゃんと分かってんだよ。甘えが隙になるってこと」
「そんなことはないだろう!」
「甘いこと言うなよグイド。いくらルイが可愛いからってよ。甘えるのと頼るのは別物だぜ?」
ガーラはニヒルな笑みを浮かべながら、チョコクッキーを1つつまんだ。う、と顔を顰めながら、心無しか俯いているグイドに話掛ける。
「甘すぎだ。厨房のアルベルトに文句言っといてくれ」
「そのくらい勘弁してやれ」
ふ、と漏らすように笑ったグイドに、ガーラも柔らかい笑みを曝け出した。
「ガーラ。仕事の話をしよう」
途端、真面目な顔になった2人はぴりぴりとした雰囲気を醸し出した。
「ファルックファミリーからの依頼なんだが……」
クリップで簡単に纏められた数枚の書類をガーラに手渡す。ガーラは神妙な面持ちで受け取ると、ぺらりとページを捲る。
「ファルックファミリーの依頼なんだろ? なのに何でルーポファミリーが絡むんだ?」
「ルーポからの依頼を、そのまま私たちにファルックが任せたという形だろうな。ルーポと私たちは直接的な関係は無いし、依頼し難かったのではないか?」
「ああ、そういうことか。……ガッティーノ?」
「ああ。ガッティーノファミリーというんだが……。あまり情報がない。ガーラ、簡単に探ってみてくれないか?」
「了解」
「5日後にガーラとルイ、それと新人を組ませてこれに本格的に取り掛かってもらう」
「はいはい。まあ、見たところあんまり難しそうな依頼でもねぇし、上手くいったらルーポファミリーとの繋がりもできるな」
「頼む。簡単な情報収集は深入りは厳禁。調査班の利用も今のところは禁止だな」
「よし。じゃあ、今日は暇だしとりあえず取り掛かってみるか」
ガーラがパンと手を叩き、その場はそれで解散となった。
前兆
あとがき
ポルコ=イタリア語で豚の意味。
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